アラビクは大阪市北区中崎町にあるブック&ギャラリーカフェです。
http://www.arabiq.net/



craft art DOLL 2016刊行されます

『craft art DOLL 2016』(マリアパブリケーションズ刊)に記事を執筆しました。河野甲・河野滋子、相場るい児・海藤亜紀さんの制作風景を伝えております。取材をする中で印象に残ったのは、長く活躍する作家は制作環境を整えるのがうまいということです。

 

 まだ書店には並んでいないのかな。ええと、アラビクだと手に取っていただけます(婉曲表現)。アマゾンリンクは予約受付中とのこと。このリンクから買っていただくと当店にアフェリエイト収入というものが入ります。助かります。

 

 

2015年版も。こちらは素材と制作というテーマで井桁裕子、影山多栄子、高橋野枝(Noe)、山本じん、山吉由利子、吉村眸を紹介しています。

愛染ぱらぱらと有栖川有栖『幻坂』

 大阪にも三大祭があるのです。6月30日から7月2日にかけての愛染堂勝鬘院、通称愛染さんでのお祭りが皮切り。この3日のうち必ず一度は雨が降る、というので「愛染ぱらぱら」なる言葉があるんですが、今年はもう降らないかな。

 

 有栖川有栖さんの短篇集『幻坂』にもこの愛染パラパラをテーマにした小説が収録されていました。

 

「このへんは伶人町というけど、伶人というのは四天王寺で雅楽を奏でた楽人のことや。楽人が住んでいた町やからそう呼んでる。地名だけは、地震や火事にも戦災にも耐えて残るんやな」

「愛染坂」角川文庫版47

 

 

 

 古い土地と響きあうようにあらわれる幽霊たちと、そこに住む人間たちの物語が綴られた作品集。有栖川さんが得意とする推理小説は、物語の冒頭で死んだ人間が、生きている者たちによってその死の謎を解かれていく過程を描く(あるいは死者が生者たちを支配する、と言い換えてもいい)もので、それは殺された人間の尊厳を、生者たちが取り戻していくという物語でもある。

 

 作家のまなざしは大阪の土地や言葉にも向けられている。
 

  『山崎豊子自作を語る[人生編]』(2012,新潮文庫)を読んでいたところ、大阪弁は

「商業語、商人言葉としては複雑豊富なニュアンスを持っている」「その代り、ラヴシーンと心理の独白の時には大阪弁の弱さを感じる(中略)手をさし伸べて女を抱擁しようとする時(中略)「おいでやす」で、まるで一杯飲屋の客引きのような恰好になってしまう」 

「小説のなかの大阪弁」『山崎豊子自作を語る[人生編]』

 

とあった。大阪弁、恋愛を描くには向いていない、というのが山崎豊子の認識なんですが、有栖川さんは大阪弁を効果的に用いています。

 

 ロマンス小説の女性翻訳家が、死んだ先輩に語りかける二人称の小説「真言坂」ではこんな感じ。

 

“I’ll leave if you prefer”

そこでキーを叩く手が止まりました。

お望みならば、ぼくは消えるよ。

そう訳せばいいだけのようでいて、しっくりときません。こんな文章で迷うなんて、本当にプロの翻訳家なのか、と中学生に嗤われそうです。

(中略)

――ぼく、行くわな。

そんな声が耳の奥で聞こえました。

(中略)どこかあなたと似ているのです。小さな仕草、言葉の選び方、女性と話す際の間といったものが。(中略)もしかすると「ええやんか」なんて訳文をうっかり直し忘れているかもしれません。

角川文庫版 129-131

 

 大阪七坂の怪異をテーマにしているのですが、怪談だけでなくゴーストハントものなども含まれているので楽しい。人の営みとともに、土地の名を記録すること。土地の記憶を残すことも文芸作品の大きな役割。

 

スリズ『苺の妖精』販売中です #fantanima
スリズ『苺の妖精』が到着しました。

以下の画像からご希望の作品をご指定下さい。







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1.通販はメール cake[at]qa3.so-net.ne.jp でお申し込みください。メールは本日、閉店後に開封しますので、閉店までに店頭で売れたものはご購入いただけません。

2.希望が重なっている場合はこちらで抽選をします。

3.成約しなかった作品は後日再度紹介しますので、お問い合わせください。

*その他
   ア)通販の申し込みにあたっては、【お名前・住所・電話番号】をメールにご記載ください。

   イ)抽選の申し込みはおひとり様1体まで。2体以上希望される場合、抽選後、未成約の作品からお申込みください。
       抽選結果の発表はこちらからメールに返信いたします。

   ウ)電話での受付、明日から受け付けます。なお、少人数で運営している店舗のため、電話を受けられない場合があります。            

 
スリズ「苺の妖精」販売方法について #fantanima!
 会期中なかなかブログの更新ができません、作品紹介はツイッターで随時行っております。

 さて、追加納品予定のスリズ「苺の妖精」ですが、お問い合わせを多数いただいておりますので、販売方法を以下のようにいたします。
 大変恐縮ですが、スリズさんには当初予定よりも多く制作をしていただきました。海外で制作される作品であること、少人数で運営している店舗であること等が重なり、すべてのお客様のご希望に100%でお応えできない場合があります。何卒ご了承ください。
 


      記

1.到着し次第、店頭に出します。到着はtwitter(@arabiq_owner)でお知らせします。

2.画像をアップするのは到着日の【翌日の】午後1時30分。
  当ブログにてアップします。
  (その際、こちらで購入可能な作品に番号をふります。通販を希望されるお客様は第3希望まで書いてください)

3.メールは到着日【翌日】(=画像公開日)の閉店後に開封します。

4.希望が重なっている場合はこちらで抽選をします。

5.成約しなかった作品は後日紹介しますので、お問い合わせください。

*その他 ア)通販の申し込みにあたっては、【お名前・住所・電話番号】をメールにご記載ください。
     イ)抽選の申し込みはおひとり様1体まで。2体以上希望される場合、抽選後、未成約の作品からお申込みください。抽選の発表はこちらからメールに返信するというかたちで行います。
     ウ)電話での受付、抽選後(到着の翌々日)より受け付けます。少人数で運営している店舗のため、電話を受けられない場合があります。                              

                   以上



 
FANTANIMA! in KANSAI 
 今年もFANTANIMA!が大阪に! 羽関オフィス企画、乙女屋との共催というスタイルではやくも4年目。毎年パワーアップをし続けるふしぎかわいい創作ぬいぐるみのイベントです。

 今年は……

1.豪華カタログがあります! 会場で販売します。

2.ファンタニマ・ファイヤー! として、ファンイベントを開催します。入場料1,000円としています。主催の羽関オフィス代表、羽関チエコさんも参加。ファニマ族のふるさとの話や、海外の創作ぬいぐるみ事情を話して頂くよう要望中です。おうちのファニマ族と一緒にお運びください。交流しましょう。

 ファンタニマ・ファイヤー! 5月21日(土)19:00~(終了は21時頃を予定しています) 
   会場: 珈琲舎・書肆アラビク
    *メール、ツイッター店主アカウントへの呼びかけなど、何らかの方法でご予約ください。


3.各種リンクはコチラ

 ★ FANTANIMA! 2016 公式サイト
         http://fantanima.nonc.jp/

 ★ 乙女屋
   http://otomeyablog.blog.fc2.com/

 ★ ツイッター
         ファンタニマ公式            https://twitter.com/fantanima
   アラビク広報アカウント https://twitter.com/arabiq_allstars
         乙女屋                          https://twitter.com/sakuranousagiya
         アラビク店主      https://twitter.com/arabiq_owner

 FANTANIMA! in KANSAI 開催要項

 珈琲舎・書肆アラビク
 2016年5月19日(木)~6月13日(月) 会期中水曜定休・13:30-21:00(日祝は-20:00)
 大阪市北区中崎3-2-14 cake★qa3.so-net.ne.jp

 乙女屋
 2016年5月19日(木)~5月31日(火) 会期中水曜定休・13:30-19:00
 大阪市北区浮田2-7-9

*以下、販売に関しての追記*
 ★販売に関して★

 *通販に関して、連絡は電話、メール等で承りますが、電話がとれない可能性があります。メールの確認も即座にできません。両店舗とも少人数で運営しているため、ご理解ください。
  なお、メールでの問い合わせに関しては、
   【お客様のお名前・ご住所等の連絡先】
  をご記入ください。

 *通販でのお支払いは原則としてお振込となります。「ご購入の意思の連絡」後、3日以内にお振込いただきます。分割等でのお支払いの場合も、手付金として作品代金の20%以上をお支払いください(民法557条に基づき、キャンセルの場合手付金は返還できません)。振込口座等の案内は別途いたしますが、口座番号等を正確にやりとりするため、メールをいただけると手続きがスムーズです。

 *「どの作品がどちらの店舗に展示されるか」は未定です。よりよい展示にするため、ぎりぎりまで調整していますので、当日の開店までお答えできません。ご了承ください。

 *成約した作品の引き渡しは6月2日以降、アラビク店頭でとなります。

 *乙女屋での会期を終了後、6月2日から会場をアラビクに一本化して展示します。6月2日以降は成約し次第お持ち帰りいただけます。


 *通販・郵送引渡しの場合、原則としてヤマト着払い便にてお送りします。希望の時間帯等がある場合、お知らせください。

 *作家によっては店頭への追加納品がある場合があります。店頭に到着し次第展示を開始しますが、事前にいつ到着するかはわかりません。

 *追加作品については通販のアナウンスは展示開始後となります。作品画像に関してはtwitterがいちばん早く公開されると思います。

     FANTANIMA! 公式 https://twitter.com/fantanima
     乙女屋           https://twitter.com/sakuranousagiya
   アラビク広報    https://twitter.com/arabiq_allstars
   
 *追加作品に関して、販売開始後2日間は、おひとり様につき、一点のみの販売となります。二日の期間を経過以降は制限はありません。 


  とり急ぎ文字データばかりですいません。楽しい画像はtwitterのファンタニマ公式アカウント・アラビク広報アカウントで!
神原由利子ビスクドール「リトル・ローズ」の販売について
 当選者2名の方に通知メールを送りました。よろしくご確認ください。(4月6日21:30追記)

 いよいよ会期も来週月曜までとなりました。『輪廻転生』(三浦悦子)、『ちいさいけれど、確かな希望』 (大山雅文、おぐらとうこ、海藤亜紀、かな、神原由利子、菊地拓史、雲母りほ、Qeromalion鳴力、小松ななえ、コリスミカ、てらおなみ、藤本晶子、芙蓉、堀結美子、よしだゆか)、楽しい展示です。


 さて、神原由利子「リトル・ローズ」の追加分販売にあたり、多数のお問い合わせを賜っております。販売方法については「抽選」とします。画像をアップしました。要項は↓スクロールしてください↓

 
 

神原由利子制作ビスクドール「リトルローズ」(19.5センチ、各68,000円)販売方法について。

・抽選期間 
201647日(木)−9日(土)午後9時まで
 
・抽選方法 店頭で抽選用紙の記入、もしくはメールで以下の情報を頂戴します。当選者には49日の午後9時−10時までの間に、原則としてメールで連絡いたします。
 
・メール記載事項 【郵便番号、住所、電話番号、お名前、メールアドレス、作品1(少女)・作品2(少年)のいずれを希望するか】
 
・そ 他  作品代金は店頭での現金または振込でお支払いください。当選者には振込口座をお知らせします。特段の事由がない場合、4月12日(火)までにお支払いいただきます。
 
・申し込みメールアドレス  cakeqa3.so-net.ne.jp(★=@と置き換えてください)
 
お問い合わせは上記メールアドレスにお願いします。

 
 それでは!
【ちいさいけれど、確かな希望】DM画像
 改めて告知です。3月24日(木)から4月11日(月)まで、小さな人形を集めた展示をします。どういうわけかDMが業者からまだ届かず……画像をアップしておきましょう。
 表面はQeromalion鳴力さん。135ミリくらい。裏面、窓からのぞき見えるような作品は神原由利子さん。190ミリくらいとのことで、愛らしい松花堂弁当のような展示になるとおもいます。みんな来てね。




  ◆参加作家
 大山雅文、おぐらとうこ、海藤亜紀、かな、神原由利子、菊地拓史、雲母りほ、Qeromalion鳴力、小松ななえ、コリスミカ、てらおなみ、藤本晶子、芙蓉、堀結美子、よしだゆか
◆展示タイトル
ちいさいけれど、確かな希望
 
◆会  期 2016年3月24日(木)−4月11日(月)
 
◆会  場 2016年3月3日(木)−4月11日(月)
                  期間中水曜定休・13:30-21:00(日・祝-20:00)
                  珈琲舎・書肆アラビク/Luft 
                 〒530-0016 大阪市北区中崎3-2-14
                 Tel   06-7500-5519
                 Mail  cake☆qa3.so-net.ne.jp(☆→@)
DM画像など……三浦悦子『輪廻転生』刊行記念展開催中です!
 会期中にDMが完成したので、みなさまのお手元に届けられていませんが、三浦悦子作品集『輪廻転生』刊行記念展のDM画像をアップしておきます。三浦さんの作品の持つ清らかさを前面に出したい、とデザイナーに依頼。いいDMができたと思います。

 会場では人形だけでなく、三浦さんの作品にインスパイアされて制作された餓鬼道さんのCD2種(途中で追加がありました!)、写真集『聖餐』『フランケンシュタインの花嫁(展覧会特装版)』なども販売しています。みなさまぜひお運びくださいませ。

もっと知りたい「五代友厚」何を読めばいいのか(その3)
 以下の文章は、大阪保険医雑誌(大阪保険医協会)に連載している「進取の気性 ブームを牽引する関西の作家たち」を一部修正したものです。2013年時の原稿です。御笑覧ください。
また、現在発売中の『大阪春秋 平成28年新年号』には「五代友厚から『風立ちぬ』へ」として、五代が日本の幻想文学に与えた影響について本稿よりも詳細に記述しています。こちらはアラビク店頭で販売中。
 
 
※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  

 
 2度にわたって五代友厚の評伝を読みました。時代小説・歴史小説はすでに起こった出来事を描くものなので、歴史上の人物をいかに魅力的に造形するかが作家の腕の見せ所です。吉川英治の宮本武蔵、あるいは司馬遼太郎の坂本竜馬。
余談をしたい。吉川英治の宮本武蔵像は、菊池寛と直木三十五の「宮本武蔵は武芸の名人であったか否か」という論争に端を発する。凡人説の直木に対して吉川は名人説で答えた。


 菊池は1888年、直木は1891年、吉川は1892年の生まれ。同世代といっていい。吉川が『宮本武蔵』の連載を開始したのは1935年。43歳だった。
 
 

彼らは何歳だったか
 
 五代友厚の話を続ける。1866年1月、坂本竜馬の仲介で薩長同盟が成立した。幕府を倒して公武合体を目指す薩摩、急進的な尊王攘夷を唱えた長州。本来相容れぬ同盟であったが、幕府による長州征伐や英米仏蘭4か国艦隊による下関の砲撃により疲弊していた長州、侍として自藩の主張を受け入れられない薩摩それぞれ、やむにやまれぬ状況にあった。


この仲介役として働いたのが土佐の坂本龍馬と中岡慎太郎。薩摩が調達した船・武器を長州籍のものとし、坂本龍馬率いる亀山社中が運用する。船や武器に詳しい五代が長崎のグラバー商会を介して調達し、坂本龍馬がそれを運用したという構図である。
薩長同盟成立のその時、五代は欧州を視察中であった。年譜には2月に帰朝、とある。


 1866年時点での維新の偉人たちの年齢を確認しておこう。1834年生まれの五代が数えで31歳。龍馬は五代と同年生まれ。長州の高杉晋作(1839−1867)は27歳。木戸孝允こと桂小五郎(1833−1877)は33歳。伊藤博文(1841−1901)は25歳。薩摩の大久保利通(1830−1878)が36歳。西郷隆盛(1828−1877)は38歳。のちの元帥海軍大将・東郷平八郎(1848−1934)はまだ18歳。 戯作の神様・曲亭馬琴(1737−1848)が『南総里見八犬伝』を書き終えたのは1842年。少年期の五代や竜馬は馬琴と同時代にいた。
 


竜馬を有名にしたのは誰か

 さて、インターネットを介して坂本竜馬に関する記述を検索すると、奇妙な噂が目に付く。竜馬は司馬遼太郎が有名にした。それ以前は無名の人物であった、というものである。これは嘘。現代人にとってなじみ深い竜馬像が、司馬によるものであるとはいえようが、それ以前にも坂本竜馬は映画や小説の主役を張っている。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』連載がはじまる1962年の半世紀前、1911年から「坂本竜馬」あるいは「海援隊」とタイトルにある映画を検索するだけでもこれだけ見つかる(括弧内は制作年と竜馬を演じた俳優)。

『坂本竜馬』(1911、尾上松之助)、『坂本竜馬』(同、藤沢浅二郎)、『坂本竜馬』(1914、尾上松之助)、『坂本竜馬』(1921、嵐瑠徳)、『坂本竜馬』(1924、市川幡谷)、『竜馬暗殺 前後篇』(1927、明石緑郎)、『阪本竜馬』(同、高木新平)、『阪本竜馬』(1928、葉山純之輔)、『坂本竜馬』(同、阪東妻三郎)、『海援隊長 阪本竜馬』(1931、市川百々之助)、『海援隊長 阪本竜馬 京洛篇』(同、市川百々之助)、『阪本龍馬』(1932、葉山純之輔)、『海援隊快挙』(1933、月形龍之介)、『坂本竜馬』(1936、市川右太衛門)、『海援隊』(1939、月形龍之介)。


 15作もある。1939年から太平洋戦争をはさんだ1962年まで約20年のブランクがあるが、無名の人だったとは思われない。
 
竜馬を主役に据えた小説・評伝も以下の通りある。

『汗血千里の駒』(1888、坂崎紫瀾)は土佐出身の坂崎による新聞小説。薩長に牛耳られた政府への土佐藩をアピールすることを目的に書かされたとされる。1904年の日露戦争で竜馬はより有名になる。バルチック艦隊との決戦を前に、皇后陛下の夢に謎の人物があらわれ「日本海軍は絶対勝てます」と告げた。宮内大臣・田中光顕が皇后陛下に竜馬の写真を見せたところ、「この人物だ」とお答えになり、果たして東郷平八郎が大勝利を収めたことから竜馬が軍神として崇められた……冗談のような話だが、田中光顕も土佐出身。やはりこれも土佐藩復権のためのアピールだったのだろう。

 やはり土佐出身の内務官僚で、栃木・宮城・新潟・鹿児島の各県知事を歴任した千頭清臣(ちかみきよおみ)が1914年に『坂本竜馬』(博文館)を、少し時代が下るが1941年に作家の白柳秀湖が『坂本竜馬』を出している。
直木三十五『五代友厚』は1934年、織田作之助『五代友厚』は1942年の刊行だが、それぞれ竜馬の名前が見られる。竜馬が無名であるものか。


 
五代伝の竜馬
 
織田『五代友厚』では薩長同盟前夜、五代がヨーロッパに渡った場面までしか描かれていないので、本編に坂本竜馬は登場しない(巻末の年譜に「薩長連合成る。よって、坂本龍馬と謀り、長崎において長藩のために武器弾薬購入の便宜を与う」とある)。
直木『五代友厚』では安政4年(1857)に五代が長崎の伝習所へ蘭学を学びに留学した旨が書かれているが

「オランダ人の来たのが、安政四年二月(中略)外国に対するあらゆる知識の吸収につとめた。大隈重信もいたし、阪本(ママ)龍馬もいた(後略)(424-425頁)」


とある。
 ただし現在の研究ではこの時期の竜馬は江戸の土佐藩邸に寄宿し、北辰一刀流の修行をしていたとあるから、この直木の記述は信をおけないようにも思われる。逆に言うと無理にでも龍馬の名前を出そうとしたのかもしれない。


 阿部牧郎『大阪をつくった男』では二つの場面で竜馬が登場する。440頁の本の中で4頁ほどの記述。薩長連合の報をパリにいた五代が聞く場面(225頁)と、海援隊のいろは丸と紀州藩の船が衝突した事件につき、世論を引き寄せるために「船を沈めたその償いは 金をとらずに国をとる」という流行歌を竜馬がつくり、紀州に賠償金を支払わせる場面である(252−253頁)。

「いろは丸」とその武器弾薬のすべてを調達したのはもちろん五代。阿部作品では、流行歌で世論を味方につける竜馬に、五代が自分に不足しているものを見て取る場面が描かれる。ここで竜馬が五代にイギリス議会のことを質問するシーンがある。
せんに挙げた数々の映画からもわかるように、1910年代、大正デモクラシーの時期に竜馬ブームがあった。竜馬の起草した船中八策が支持されたのだ。船中八策は土佐藩主・山内容堂に大政奉還論を進言するにあたり、上洛中の船にあった竜馬が起草した新国家への提言である。
ここでは八策すべてを引用しないが、大正デモクラシーで評価されたのは第二項。
 

上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スベキ事。

 
上下両院を設け、議会政治を行うことを提言したのである。上下院、というのはイギリスの議会政治をモデルにしたのだろうから、竜馬に五代の影響があったというのは阿部の想像と退けるには勿体ない考え方ではないか。
 
 
(参考文献)
・ 『直木三十五全集』第6巻(改造社、1934)
・ 織田作之助『五代友厚』(日新社、1942)
・ 阿部牧郎『大阪をつくった男』(文藝春秋、1998)
・ 五代友厚75周年追悼記念刊行会編『五代友厚秘史』(1960)
 

 
もっと知りたい「五代友厚」何を読めばいいのか(その2)
以下の文章は、大阪保険医雑誌(大阪保険医協会)に連載している「進取の気性 ブームを牽引する関西の作家たち」を一部修正したものです。2013年時の原稿です。朝ドラ「あさが来た」では「ええもん」の大隈重信が五代にとっては「わるもん」となっています。
また、現在発売中の『大阪春秋 平成28年新年号』には「五代友厚から『風立ちぬ』へ」として、五代が日本の幻想文学に与えた影響について記述しています。こちらはアラビク店頭で販売中。
 


 
前回は大阪商工会議所と大阪証券取引所との2箇所に銅像が立つ五代友厚の現在にまで伝わる業績、また五代の評伝小説として書かれた織田作之助『五代友厚』が「島耕作」的ご都合主義の上中途半端に終わっていることを紹介しました。
 
では、どれを読めばいいのか?
 
織田が序文で批判している、直木三十五『五代友厚』(1934)のほうが、読み物として面白い。
前回と重複するが、五代を扱った主な小説・評伝をまとめておこう。
 
・ 直木三十五「五代友厚」『直木三十五全集』第6巻所収(改造社、1934)
・ 織田作之助『五代友厚』(日新社、1942)
・ 永松浅造「秘話 五代友厚」『五代友厚秘史』所収(1960)
・ 小寺正三『五代友厚』(1973、新人物往来社)
・ 宮本又次『五代友厚伝』(1980、有斐閣)
・ 真木洋三『五代友厚』(1986、文藝春秋)
・ 阿部牧郎『大阪をつくった男 五代友厚の生涯』(1998、文藝春秋)
・ 佐江衆一『士魂商才 五代友厚』(2004、新人物往来社)
・ 黒川十蔵『幕末を呑みこんだ男 小説五代友厚』(2013、産経新聞出版)


 


 宮本『五代友厚伝』は資料や図版を多く用いた、小説形式ではない評伝。それもそのはず、宮本は日本経済史の大家として経済学界では高名な学者。読む値打ちで言うと、資料的には宮本版、評伝として信頼に足るのは、五代の次女である五代藍子の存命中、没後75年の追悼本として出版された『五代友厚秘史』に収録された永松版。
小説としての面白さで阿部版に分がある。直木、織田版に関しては研究資料が少ないまま書かれている。小寺版は永松版と記述やエピソードがかぶる部分が多い。真木、佐江は大阪篇が短く、われわれ大阪人としては物足りない。前回の原稿執筆中に出版された黒川版は文章が生硬で、小説としての出来が物足りない。

ともあれ、こうしてみると10年に一冊のペースで五代が小説化されている。それなりのリスペクトが払われていると見ていいのだろう。
 

明治14年の政変から
 
薩摩藩士に生まれ、生麦事件やそれに端を発する薩英戦争の収束に尽力し、維新を経済的に支えた功労者である五代はその後、大阪で民に下り、様々な事業を開始する。
落とし穴もあった。北海道開拓使の事業を38万円という格安で(投資額が1200万、時価3000万と言われた)譲り受けようと、薩長の両藩の政治家たちに根回しをしたところ、この藩閥政治を切り崩そうとした佐賀藩出身の大隈重信が天皇陛下に反対意見を奏上し、払下げ取り消しの憂き目にあう。余談を書いておくと大隈は早稲田大学の創立者だが、この時、政商五代ケシカラン、という世論を新聞や演説会で盛んに流布したのは福沢諭吉門下の慶應義塾出身者であった。記録によると明治14年(1881年)。五代友厚は46歳であった。
もっとも、大隈もまた、西南戦争などで政府が購入した船舶を三菱に無償で払い下げしていた痛い腹を探られる。因果応報、イギリス式の立憲君主制を推した大隈派に対し、ドイツ式の君権国家を推す伊藤博文はじめとした薩長派の逆襲にあい、大隈も政府を追われることになる。
 
五代はこの後も精力的に動き、大阪商船会社(現在の商船三井)や大阪堺鉄道(現在の南海電鉄)を立ち上げるが、糖尿病により1885年、50歳の若さで没する。墓所は大阪市営南霊園、阿倍野墓地。会葬者住友吉左衛門他四千三百余人、十三町余の列をなす。
 

直木三十五『五代友厚』
 
さて、五代へのリスペクトの度合いが最も強いのが直木版である。読みはじめてすぐ、声をあげて笑ってしまった。序文が延々と続くのである。序文は序文、本題に入る前に書かれるものであるが、五代の幼少期から勤王倒幕の社会背景を序の1から序の4に至るまで書き、いよいよ青年・五代才助の活躍がはじまるかと思いきや、五代友厚の伝記がろくに執筆されていないことへの嘆きが序の7まで書き連ねられる。少し引用してみよう。「友厚会」という会の名で編集された「五代友厚傳」が上巻のみ刊行され、下巻が出ていないことに対しての嘆き節である。
 
 わたしは、昨日で、序を終え、今日から、この伝記に入るつもりであった。だが、私は、大阪の人々、就中、実業家に対して、一言しておきたい事のある事に気がついた。(中略)友厚会というからには、相当の実業家が集まっていたにちがいない。もし集まっていなかったなら、大阪の実業家なる代物は五代友厚の事績すら知らぬ、馬鹿野郎である。その人々が、それだけの金さえ出さなかったという事は、一体なんであるか?私利我欲のほかに、眼中何物もない、大阪商人、贅六の下卑野郎、馬鹿、畜生、あんぽんたん、と言われたって、上げ得られる面があるか?

 『直木三十五全集 第6巻』411-412頁より。引用者により常用漢字と現代仮名遣いに改めた。) 

「一言しておきたい事のある事」という悪文を書くくらいの興奮ぶりがみてとれるが、関西弁で声に出して読むと、テンポがいい。原稿用紙換算してざっと700枚。オダサク版の倍の分量であるが、熱のこもった序文もわかるように、五代を顕彰する事を第一義に書かれたこの評伝は、五代の業績を賞賛をまじえて書き上げたもので、五代の負の側面を意図して書かずに置いたようである。それもまた意気。
 

 阿部牧郎『大阪をつくった男-五代友厚の生涯』
 
阿部牧郎(1933-)は、68年にデビュー、その後なんと7回もの直木賞落選が続いたあと、官能小説で一家をなした。そして最後の落選から17年のブランクを経て、1987年に直木賞を受賞した作家である。これだけでも作家に対する興味もわくというものです。
阿部版は明治維新の経済面での立役者であった五代の偉業を書きつつ、人間臭さにも筆を割いている。色好みであった。このあたりは先にあげた永松浅造も遠慮なく書いているので、事実だったのだろう。自邸敷地内に妾宅を建て、また没した友人の妾を引き取ってその邸も同じ敷地内に建てたという。
精力的な仕事を終えたあと———ここでは大阪証券取引所の設立を記念した花火が打ち上げられるシーン———ふと、こういう描写がさしはさまれる。
 
 河風が船の上を通り過ぎる。花火がさとの顔を赤や青に照らし出した。
 屋形のかがり火を消して友厚はさとを抱き寄せる。着物をぬがせて、さとの裸身が花火に染まるさまを眺めて楽しんだ。
(『大阪をつくった男 五代友厚の生涯』423頁)
 
さとは22歳の女中。濡れ場ついでに書いておくと、永松浅造「秘話 五代友厚」では、今に残る松島新地を居留地の外国人向けに整備したのもまた、五代によるものとされている。
ところで、すでに起こった出来事を描く時代小説・歴史小説は、登場人物をどれだけ魅力的な人物として、意外性を含ませながら造形するかが作家の腕のみせどころだ。
有名な歴史上の人物の無名の時代が書かれることもしばしばで、例えば五代友厚を主人公に据えた小説においても、年若い東郷平八郎や、坂本龍馬が脇役として登場する。


(その3へ続く)


(参考文献)
・『直木三十五全集』第6巻(改造社、1934)
・ 織田作之助『五代友厚』(日新社、1942)
・ 阿部牧郎『大阪をつくった男』(文藝春秋、1998)
・ 五代友厚75周年追悼記念刊行会編『五代友厚秘史』(1960)